昨日の夕食時の事である。孝子が
「今日晩御飯おかず何にする」と聞くから
「お昼ご飯が余っているから何もしなくていいよ」
と私は答えた。
「そうもいかないよ、何か作らないと」
「御飯が残っているから、おかずは作り置きのものでいいよ」
「何か食べたいものないの」
「作り置きのおかず食べたいもの沢山あるのに、何時も
他におかず作るから、食べたいものになかなか箸が回らないだ。どうしても作りたいなら、酒のつまみでも作って、それを少し回してよ」
わたしは、ドクターストップで、酒は飲めないが、孝子は少しだけ晩酌をする。最近はもっぱらワインを飲んでる。
「そうね、つまみになって、あんたも好きなもの何か
い」そういわれて、私は仕方なく
「魚肉ソーセージを炒めて、目玉焼きでもつけてよ」
「犬のエサのソーセージ?それでいいの」
「犬のエサのソーセージとバカにするなよ、おいしいぞ」
「あんたがいいなら、そうするけど」
孝子の実家の飼い犬は、魚肉ソーセージをおいしそうに食べていた。
孝子は、魚肉ソーセージは犬のエサで、人間様が食べるものではないと思っている。
食事前にそんな会話が有って、いざ夕食となった。
私の前に、今風に言うとワンプレートのおかずが置かれた。
注文通り、魚肉ソーセージ斜め輪切りにして少し焦げ目がつくまで炒めたものと、目玉焼き、トマトの輪切りキュウリまで添えられている。
でもちょっと困った。
これだけおかずがあると、お昼の残り御飯と、作り置きの私の好物のおかずが食べられるかどうか。
ただでさえ食が細くなっている。
目玉焼きの卵2個は多すぎる。
「たまご2個は多すぎるよ」と私は言った。
何時もなら「愛情、愛情」と軽くかわしてくる孝子が
「だって、あんたが目玉焼きと言ったじゃない」
「いったけど2個は多すぎるよ」
「目玉焼きは2個でしょう、1個では目玉焼きにはならないよ、目は二つよ」
「だったら1個は、なんていうの」
「1個焼くのは卵焼きに決まってるじゃん、
目玉焼きは2個」
そんな会話を続ける中、孝子もなんか変と思ったのか
スマホを持ってきて、目玉焼きを調べ始めた。
「恥ずかしい、他の人がいない時で良かった」
孝子がやっと自分の勘違いに気づいた。
二人で、涙が出るほど大笑いした。
年寄りの食卓とはこんなものかも知れない。
夕食のほうは、案の定
残り御飯と、好きな作り置きのおかずには、箸をつけることが出来なかった。
余談だが、わたしはつい先日肺がんが見つかり、その数日後には肝細胞がんの再発もわかった。
現在、前立腺がん、肺がん、肝細胞がんの癌3兄弟が、私の中で共存している。
「私がいるから、あんた方も存在できるんだぞ、私がいなくなると困ることになるよ」
と癌3兄弟に脅しをかけている。
そんな中、これだけ大笑いできるのは、
我が家だけだろうか?




